かぶきのおはなし  
  166.江戸時代の物価  
 
江戸時代の貨幣のことは大体分かったとして、庶民の暮らし向き、とりわけ物価はどうだったのか関心があります。

よく小判1枚つまり金1両は、現在の貨幣価値に換算すると幾らになるのか、という疑問が起きます。江戸時代でも時期によって違うでしょうし、何を買うべき基準とするのかによっても違う筈なのですが、色々な本に当たるとおおよそ、1両が6万円から10万円の間だとするものが多いようです。ですから、間を取ってここでは1両=80000円とします。

最初に「初鰹」の値段ですが、「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」で“髪結新三(かみゆいしんざ)”が、魚屋に支払った代金は、3分2朱のところを2朱値切って3分です(「156.初鰹」)。4分で1両ですから、初鰹1匹の値段が60000円となり大変な高値です。これは多少オーバーであるとしても、いかに江戸っ子が初物に拘りを持っていたかが分かります。

同じく「梅雨小袖昔八丈」の“髪結新三”が「永代橋の場」で言うせりふの中で、「 ---- 一銭職と昔から、くだった稼業の世渡りに----」というのがあり、髪結い代が永楽銭1銭(1文)であることが分かります。1両=銭4000文ですから、1文=80000÷4000=20円ということになります。これはいかにも安すぎるような気がしますが、“髪結新三”は店を持たない出入りの髪結いです。いわゆる髪結床(かみゆいどこ)という店を構えて営業している場所での、髪結い賃は、天保期で28文(560円)ぐらいだったそうです。

次に蕎麦(そば)一杯の値段ですが、「二八蕎麦」といわれるように、江戸時代を通じて、2x8=16文であったようです(「110.二八蕎麦」)。1文が20円ですから、蕎麦一杯は16x20=320円ということになります。

以下に主なものを列挙します。
○ 江戸後期の銭湯の入浴料が、大人1人10文(200円)。
○ 稲荷鮨が、1人前6文で(120円)。
○ 家賃が、間口9尺(2.7m)・奥行き2間(3.6m)の裏長屋で1ケ月 1000文(2万円)。
○ その半分の広さの棟割長屋の家賃が、1ケ月500文(1万円)。
○ 写楽や歌麿の錦絵1枚が、20文(400円)。
○ お伊勢参りの旅費(江戸〜伊勢、往復24日)が、4両(32万円)。
○ 宿駕篭賃が、600文(1万2千円)。---- 「鈴ケ森」の”白井権八”のせりふ
----「六百文の決めなれど心をつけてつかわしたのじゃ」
○ 吉原における最高位の遊女(太夫)、次席の遊女(格子女郎)の揚げ代が、 約1両(8万円)。
○ 吉原における下位の遊女(座敷持)、最下位の遊女(部屋持)の揚げ代が、 それぞれ金1分(2万円)と金2朱(1万円)。
○深川の岡場所の私娼の揚げ代が、銭100文(2千円)。
 
 

肝心の米相場ですが、通常時では1升(10合)が約100文といいますから、2000円という計算になります。これが天災・飢饉ともなると通常の何倍にも相場が跳ね上がったということです。現代の魚沼産コシヒカリの値段は知りませんが、1日夫婦2人が2合の米を食べるとして米代が1日20文(=400円)ですから安くはないような気がします。

江戸時代の物価
 
  では、歌舞伎の観劇料はどの位でしょうか。色々な文献で調べてみましたが、4世鶴屋南北が活躍した、文化・文政期、つまり19世紀前半頃は、おおよそ以下の通りです。交換相場は、金1両=銀60匁=銭4000文とします。

○ 上桟敷席(最上等席)が、銀35匁(47000円)。
○ 下桟敷席(別名、鶉桟敷席)が、銀25匁(33000円)。
○ 高土間席(1等席)が、銀20匁(27000円)。
○ 平土間席(2等席)が、銀15匁(20000円)。
○ 切り落とし席(3等席)が、銭132文(2640円)。
切り落とし席は、土間の枡席のことで、ひとマスに7〜8人詰め込まれたそうです。

それでは、一般の庶民の収入はどのくらいであったかが問題となります。
「火事と喧嘩は江戸の花」というくらい火事の多かった江戸では、家の普請は年中どこにでもあったそうで、庶民の中では、大工、左官、屋根葺、壁塗り、石切り、畳刺し、などの職人の賃金が比較的恵まれていたようですが、それでも大工の日当が飯代込みで、1日銭540文(10800円)くらいだそうです。月のうち20日仕事があったとして月収10800文(216000円)です。

これがいわゆる棒手振り(ぼてふり)商売だと、早朝より夕方まで練り歩き、天秤棒の荷を全部売り切っても1日銭400文(8000円)くらいにしかならないそうです。売れ残ればその分儲けが減りますし、雨や雪の日には売り歩くのも大変だったでしょう。

一方、武家の暮らし向きもそう楽ではないようです。100石取りの武士の場合、年収は米100石ですから、1石=10斗=100升という換算に先程の米1升=100文を当てはめて計算すると、百万文(2000万円)となります。年収2千万円といえば高額所得者でしょうが、武家の場合家族のほかに家来を養なう必要がありますので、結構大変だろうと思います。

よく芝居では、遊女の身請けの金が300両(2400万円)というのが出てきますが、いかに大金であったかが分かります。

歌舞伎界では、2世市川団十郎(1688−1757)が享保6年(1721)に、初の年収1000両(8千万円)のいわゆる千両役者(「6.千両役者」)になったということですが、江戸もまだ中期にさしかかる頃でもあり、さぞかし羽振りが良かったことでしょう。羨ましい限りです。

 
   
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