かぶきのおはなし  
  161.せりふの種類  
 
「せりふ」というのは、いうまでもなく役者が劇中で登場人物として述べる言葉のことですが、決まり事の多い歌舞伎の世界では色々な種類のせりふがあり、分類方法も、例えば1人で言う場合と、2人以上で言う場合と区別する方法等少しずつ違いがあるようです。「台詞(せりふ)」、「白(せりふ)」あるいは「科白(せりふ)」などと漢字で書く場合もあります。以下は、私なりの勝手分類です。(ご容赦を)

1.1人で言うせりふ
(1) 普通のごく一般的なせりふ
(2) 独白 ---- 独り言のことです。
(3) 名乗りせりふ ---- 松羽目物で役者が登場したときに述べるせりふ。あるいは武士が決闘などをする前に自分が何者であるかを明かすために喋るせりふ。

(例)「勧進帳」における“富樫左衛門”の出のせりふ
富樫左衛門「斯様(かよう)に候う(そうろう)者は、加賀の国の住人、富樫左衛門(とがしのさえもん)にて候(そうろう)------ 」

(4) つらね ---- 主として荒事芸などで主役が花道で述べる長ぜりふのこと。掛詞(かけことば)や何々づくしといった趣向を織り込んだ音楽的要素の強いもので役者自身で作るというのが慣例である(従って演じる役者によって言い回しは変わる)。役者の雄弁術を観客に見せるためのもの。「外郎売(ういろううり)」の早口言葉もこの一種である(「85.早口言葉」参照)。

(例)「暫」の“鎌倉権五郎景政”が花道の出のつらね(9代目市川団十郎)
鎌倉権五郎景政
  「淮南子(えなんじ)に曰(いわ)く、水余りあって足らざる時は、天地にとって万物に授(さず)け、前後する所なしとかや。何ぞその公私と左右を問わん。問わでもしるき源(みなもと)は、露(つゆ)玉川の上水に、からだばかりか肝玉(きもたま)まで、すすぎ上げたる坂東武士、ゆかり三升(みます)の9代目と、人に呼ばるる鎌倉権五郎景政。当年ここに十八番、久し振りにて顔見世(かおみせ)の、昔をしのぶ筋隈(すじぐま)は、素襖(すおう)の色も柿染めも、渋味は氏の相伝骨法(そうでんこっぽう)、機に乗(じょう)じては藁筆(わらふで)に、腕前示す荒事師、江戸一流の豪宕(ごうとう)は、家の技芸と御免なせえと、ホホ敬(うやま)って白(もう)す。」

(5) 厄払い ---- つらねの一形態ですが、せりふの中に厄落しの文句が入るので特にこう呼ぶようになった。世話物で見られる。代表的なのが「三人吉三廓初買(さんにんきちざくるわのはつかい)」大川端庚申塚の場における“お嬢吉三”のせりふ。
「118.厄払い」参照)

2.2人以上で言うせりふ
(6)渡りぜりふ ---- 一連のせりふを2人以上の役者が互いに次へ受け渡しながら分担していうせりふ。最後に一同が同じことを合唱して締めくくる例が多い。これもつらねの一種である。
 
 


せりふの種類

(例)「熊谷陣屋(くまがい)」の最後の場面
義経 「この須磨寺に納め置き、末世末代(まっせまつだい)敦盛(あつもり)と、その名は朽ちぬ黄金札(こがねさつ)」
弥陀六 「武蔵坊が制札も」
藤の方 「花は惜しめど花よりも」
相模 「惜しむ子を捨て武士を捨て」
熊谷次郎直実
  「住み所さえ定めなき、有為転変(ういてんぺん)の」
全員 「世の中じゃなア」

 
 
(7) 割りぜりふ ---- これもつらねの一種だが、2人以上の役者が別々の思いを交互に喋りながら最後には共通の結論を同時に発して締めくくるというもの。
代表的なのは「十六夜清心(いざよいせいしん)」の“清心”と“求女(もとめ)”、「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」の“大判事清澄(だいはんじきよずみ)”と“定高(さだか)”のせりふで、後者は両花道を使って相対峙して言います。

(例)「十六夜清心」序幕稲瀬川の場における割りぜりふ
求女 「今打ちしは後夜(ごや)の鐘、宵のうちにと思うたに、俄(にわか)の雨に雨具はなし、傘を求めて思わぬ暇入り」
清心 「あ、人の嘆きも知りおらず、面白そうな遊山舟(ゆさんぶね)、死のうと覚悟しながらも、耳へ入って黄泉(よみ)のさわり」
求女 「昨日聞けば父様(ととさま)が、今日につづまるお金の入り用、どうか調(ととの)え上げたいと、思えど甲斐ない小姓の身」
清心 「人の盛衰貧福は、前生(さきしょう)からの約束にて、力ずくにも及ばぬもの」
求女 「よんどころのう大江家の、主水(もんど)様へお願い申し、疵養生(きずようじょう)のお手当て金」
清心 「あれあのように面白う、芸者幇間(たいこ)を伴(ともの)うて、騒いで暮らすも人の一生」
求女 「少しも早う父様に、これを上げたらお悦(よろこ)び」
清心 「その日の煙りも立てかねて、襤褸(つづれ)を纏(まと)い門(かど)に立ち、手の内乞うも一生にて」
求女 「急ぐとすれど、折悪しく、思わぬ雨に持病の悩み」
清心 「またこのように、身を投げて、死のうというもこれも一生」
求女 「頼む木陰もなきゆえに、なおさら痞(つか)えはおさまらず」
清心 「死ぬに死なれぬ心の迷い」
求女 「急げど道は捗(はかど)らず」
清心 「こりゃどうしたら」
両人 「よかろうなあ」


3.共通
(8) 名せりふ ---- 歌舞伎ファンなら誰でも知っているいわずと知れた名せりふ です。思わず大向こうから「○○屋!」と掛け声があるところ。音楽的要素が強く耳に心地よく響く。河竹黙阿弥作品では、いわゆる七五調の名調子が多い。

(例)「青砥稿花紅彩画」稲瀬川の場における“日本駄右衛門”の名せりふ
駄右衛門 「問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在、十四のときから親に離れ、身の生業(なりわい)も白浪の、沖を越えたる夜働(よばたら)き、盗みはすれど非道(ひどう)はせず、人に情けを掛川から、金谷(かなや)をかけて宿々(しゅくじゅく)で、義賊と噂(うわさ)高札(たかふだ)に、廻る配布(はいふ)のたらい越し、尽(つき)ねえその身の境界(きょうがい)も、もはや四十に人間の、定めはわずか五十年、六十余州に隠れのねえ、賊徒の張本(ちょうほん)日本駄右衛門」


(9) 捨てぜりふ ---- 役者がその場でアドリブで言う短いせりふのこと。勿論、脚本には書いてない。雰囲気に合わせて言うこの捨てぜりふの巧拙は、そのまま役者の力量でもある。

 
   
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