かぶきのおはなし  
  85.早口言葉  
 

歌舞伎十八番に「外郎売(ういろううり)」というお芝居がありますが、少し変わったとても面白いお芝居ですので、ご紹介します。

名古屋名物に「ういろう」という、米や砂糖、葛粉などを混ぜて作った蒸し菓子がありますが、これは「外郎」とは違います。

「外郎」というのは、小田原に伝わる、去淡(きょたん)薬あるいは口中清涼剤の一種で、今で言えば、「ヴィックスドロップ」と「ハーブキャンディー」と「龍角散」の3薬の効能を併せたような妙薬だと思えば良いでしょう。
早口言葉
 
  もともとの由来は、この薬を中国からもたらした陳宗敬という名前の中国人が、元王朝に仕えていた時の官名が「礼部員外郎」であったところから来たものです。この陳宗敬は、来日当初は京都に住んでいたのですが、その後小田原に移住し、この薬に「透頂香(とんちんこう)」という名前を付けて売り出したところ、結構評判になったということです。今でも外郎本家というのが小田原にあり、この「透頂香」という薬を販売しているそうです。

さてお芝居の方ですが、この小田原の透頂香という名の外郎売りに姿を変えた、曾我五郎が仇である工藤祐経の館に乗り込んで、隙あらば親の仇を討たんとするという、一応は曾我物の設定になっていますが、実際には外郎売り役者の雄弁術を見せる芝居になっているのです。

五郎が薬の効能書を述べると、工藤の家来達が、そんなに弁舌爽やかになる薬なら自分で飲んで何か早口言葉を喋ってみろ、と言われて五郎がこの「透頂香」を口に含んだ後に流麗に喋る、長い長い早口言葉を耳を澄ませて聞くというのが、このお芝居の見所(聞き所)なのです。

私は、12世市川団十郎の「外郎売」も、7世市川新之助(いちかわしんのすけ)の「外郎売」も見たことがあるのですが、流石に成田屋だけあって2人共とても上手です。せりふとして覚えるだけでも大変なのに、延々と続くこの早口言葉を2人共淀みなく喋り続けるのを聞いて思わず唸ってしまった記憶があります。なにしろ数分間一人で喋り続けるのですから。

NHKのアナウンサーを志願する人達は皆、この歌舞伎十八番「外郎売」の早口言葉の台本で喋りの練習をするのだそうです。以下にそのせりふを書き出してみましたので、NHKのアナウンサーを志望する方は挑戦してみて下さい。

(外郎売、実は曽我五郎) 「かように一粒舌の上にのせまして、腹内へ納めますると、イヤどうも言えぬは、胃、心、肺、肝がすこやかに成って、薫風喉より来たり、口中微涼を生ずるが如し、魚鳥、きのこ、麺類の食合わせ、其の他、万病速効あること神の如し。」

「さて、この薬、第一の奇妙には、舌のまわることが銭独楽(ぜにごま)が裸足で逃げる、ひょっと舌が回りだすと、矢も楯もたまらぬじゃ。」

「そりゃそりゃ、そらそりゃ、廻ってきたは、廻ってくるは、あわや喉、サタラナ舌に、カ牙サ歯音、ハマの二つは唇の軽重、開合さわやかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノ ホモヨロヲ、一つへぎへぎに、へぎほしかじかみ、盆まめ、盆米、盆ごぼう、摘蓼(つみたで)、つみ豆、つみ山椒、書写山(しょしゃざん)の社僧正、粉米(こなごめ)のなまがみ、粉米のなまがみ、こん、粉米のこ・な・ま・が・み、繻子(しゅす)、ひじゅす、繻子、繻珍(しゅちん)、親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親嘉兵衛、子嘉兵衛、子嘉兵衛、親嘉兵衛、古栗の木の古切口、雨合羽か番合羽か、貴様の脚絆(きゃはん)も皮脚絆、我らが脚絆も皮脚絆、しっかは袴のしっぽころびを、三針はりなかにちょと縫うて、ぬうてちょとぶんだぜ、かわら撫子(なでしこ)、野石竹(のせきちく)、のら如来、のら如来、三のら如来に六のら如来、一寸先のお小仏に、おけつまづきやるな、細とぶにどじょ、にょ・ろ・り、京の生鱈(なまだら)、奈良生学鰹(ならなままながつを)、ちょと四五貫目、お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ 茶立ちょ、青竹茶筅(あおたけちゃせん)で、お茶ちゃと立ちゃ、来るわ来るわ何が来る、高野の山のおこけら小僧、狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本。武具(ぶぐ)・馬具(ばぐ)・武具・馬具・三武具馬具、合わせて武具馬具・六武具馬具、菊・栗・菊・栗・三菊栗、合わせて菊・栗・六菊栗、麦・ごみ・麦・ごみ・三麦ごみ、合わせて麦・ごみ・六麦ごみ、あの長押(なげし)の長薙刀(ながなぎなた)は誰が長薙刀ぞ、向こうの胡麻殻(ごまがら)は,荏(え)の胡麻殻か・真胡麻殻か、あれこそほんの真胡麻殻、がらぴいがらぴい風車、おきゃがれこぼし、おきゃがれ小法師、ゆんべもこぼして又こぼした、たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一丁だこ、落ちたら煮てくを、煮ても焼いても食われぬ物は、五徳・鉄球・かな熊・どうじに・石熊・石持・虎熊・虎きす、中にも東寺の羅生門には、茨木童子がうで栗五合つかんでおむしゃる、かの頼光(らいこう)の膝元去らず、鮒(ふな)・きんかん・椎茸・定めてごたんな・そば切り・そうめん・うどんか・愚鈍な小新発地、小棚の、小下の、小桶に、こ味噌が、こ有るぞ、こ杓子(しゃくし)、こもって、こすくって、こよこせ、おっと、がてんだ、心得たんぼの、川崎、神奈川、程ケ谷、戸塚は、走って行けば、やいとを摺むく、三里ばかりか、藤沢、平塚、大磯がしや小磯の宿を、七つ起きして、早天そうそう相州小田原とうちん香、隠れござらぬ貴賎群衆の、花のお江戸の花ういろう、あれあの花を見て、お心をおやはらぎゃという、産子・這う子に至るまで、此のういろうの御評判、御存知ないとは申されまいまいつぶり、角だせ、棒出せ、ぼうぼうまゆに、臼、杵、すり鉢、ばちばちぐわらぐわらと、羽目を外して今日のお出のいづれもさまに、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っぱり、東方世界の薬の元締、薬師如来も照覧あれと、ホホ敬って、ういろうは、いらっしゃりませぬか。」

 
   
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