かぶきのおはなし  
  118.厄払い  
 
歌舞伎の名せりふ、名調子といわれるものは数多くあるのですが、その中でも最右翼なのが「三人吉三廓初買(さんにんきちざくるわのはつかい)」大川端庚申塚(おおかわばたこうしんづか)の場における"お嬢吉三(おじょうきちざ)"のせりふでしょう。

ふとしたはずみで、夜鷹(よたか、最下級の娼婦です)を殺し、百両の金を手にした時のせりふです。節分の日の夜のこと、場所は、大川端庚申塚、弁天小僧と同じく女に化けた盗賊です。河竹黙阿弥の作品らしく七五調のせりふが耳に心地よく響きます。

 
 
「月も朧(おぼろ)に白魚(しらうお)の、篝(かがり)もかすむ春の空、冷てえ風も微酔(ほろよい)に、心持ちよくうかうかと、浮かれ烏(からす)のただ一羽、塒(ねぐら)へ帰る(けえる)川端で、棹のしずくか濡れ手で粟(あわ)、思いがけなく手に入る百両、---- ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落し、豆たくさんに一文の、銭(ぜに)と違って金包み、こいつァ春から縁起がええわえ」。

芝居では、「思いがけなく手に入る百両」の次に、舞台上手から「厄払い、おん厄払いしましょう」と、節分の日の厄落しの声が聞こえてくるのです。このせりふが「厄払い」の名せりふと言われるのは、ここからきているのです。
厄払い
 
  この名せりふのお陰でこの「大川端庚申塚の場」は、歌舞伎狂言中屈指の人気場面となっているのです。舞台を見たことのない人でも、このせりふだけはご存知という方も多いのではないでしょうか。

ついでに申し上げますが、この芝居の初演は安政7年(1860)で庚申の年にあたります。江戸時代には、庚申の日に懐妊した子供は泥棒になるという俗説・庚申信仰があったようです。庚申の日に懐妊して生まれたという設定の"お嬢吉三"、"お坊吉三"、"和尚吉三"の三人の泥棒の物語がこの「三人吉三廓初買」です。

余談です。本当の話かどうか知りません。明治から大正にかけての文豪、夏目漱石(1867−1916)が、庚申の日の生まれだそうです。泥棒になっては困ると考えた親は、それならばと思って「金之助」と名付けたとのことです。名前に金を付ければ悪いことをしないだろうという思い?でしょうか。夏目金之助、漱石の本名です。


 
   
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