かぶきのおはなし  
  119.白魚  
 
歌舞伎の時代考証はほぼゼロだと以前に書きましたが、流石に生世話(きぜわ)狂言ともなれば、自分たち庶民の生活を扱ったものだけに、リアルに生き生きと当時の風物・風俗が描かれているものもあるようです。

「三人吉三廓初買」大川端庚申塚の場で、お嬢吉三の名せりふに、「月も朧に白魚の 篝もかすむ春の空 ---- 」とあります。

 
 
白魚 「白魚」というのは、シラウオ科の魚。体長が5cmから10cmくらいの細身で半透明の魚です。俳句で春の季語にもなっているように、春先(といっても節分の頃だから今ではまだ冬ですが)河口を溯って産卵するそうです。綺麗な小魚で食用にするととても美味です。
 
 
お嬢吉三のせりふから察するに、江戸時代では節分の頃、大川(隅田川のことです)には、漁り火を焚いて白魚漁をする小船が沢山見られたことが分かります。節分の豆撒きと並んで、隅田川の早春の風物をよく表わしていると思います。

同じ黙阿弥の作品で、「花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)」では、大川に身投げした遊女"十六夜(いざよい)"が、白魚漁の船に救われるという場面があるのですが、これなども季節感溢れる情景描写です。

今の隅田川は、黒く濁っていてとても白魚が産卵の為に遡行(そこう)するとは思えませんが、当時の隅田川は白魚漁が出来るほどに、綺麗に澄んだ水を湛えていたのでしょう。こうした風物が時代とともに失われていくのはとても悲しいことです。

 
   
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