かぶきのおはなし  
  127.戸板返し  
 
「東海道四谷怪談」の面白さの一つに大道具・小道具の仕掛けの工夫があるのですが、今回はそれをご紹介します。この仕掛けは総て名人と言われた大道具師11世長谷川勘兵衛(はせがわかんべえ)(1781−1841)の考案になるものだそうです。

 
 
(1)「戸板返し」---- お岩と小仏小平(こぼとけこへい)の死体が表裏に打ち付けられた杉の戸板が、砂村隠亡堀に流れつき、民谷伊右衛門の垂れた釣り糸に掛かります。お岩と小仏小平の役は一人の役者が2役勤めるのが普通ですが、お岩の肉脱した死骸が伊右衛門に怨み事を言います。驚いた伊右衛門が南無阿弥陀仏と念じて戸板を突くと、戸板がバッタリ裏返って小平の死骸が両眼を見開いて「薬を下され」と手を差し出すのです。お岩と小平は同じ役者ですから瞬時に替わる仕掛けがこの「戸板返し」なのです。ギョッとした伊右衛門が斬りつけると、小平の死骸が白骨になって水中へ落ちる仕掛けも見事です。

戸板返し
 
  (2)「仏壇返し」---- 本所蛇山庵室(へびやまあんしつ)の場です。仏壇の中、戒名を書いた掛け軸の中から身を乗り出したお岩の幽霊が、連理引きで引き寄せた秋山長兵衛の襟元を掴(つか)むと、長兵衛を掴んだまま仏壇の中に消えるという仕掛けです。長兵衛が仏壇の中に引きずり込まれると、掛け軸は元のままになっている訳です。

(3)「忍び車」---- 同じく蛇山庵室の場です。お岩の幽霊が庵室の鼠壁の中にスッと消える仕掛けがこれです。壁の一部が布で出来ていて、その後ろに水車のように回転する仕掛けが施されていて、お岩役者は両手を上に伸ばして回転する車に乗りかかるようにして壁の後部に消えるのです。

(4)「提灯抜け(ちょうちんぬけ)」---- これも蛇山庵室の場です。舞台下手に提灯が人間の頭の高さにぶら下げてあります。伊右衛門が焚く迎え火に誘われてこの提灯の中からぬっとお岩の幽霊が出てくる仕掛けです。提灯から水平に出て来たお岩の幽霊は今度は垂直に上に登っていくのです。これが有名な「提灯抜け」です。

以上、4つの仕掛けをご紹介しましたが「仏壇返し」と「忍び車」は、他のお芝居でも見られますが、「戸板返し」と「提灯抜け」だけは「東海道四谷怪談」以外のお芝居では、見られません。(少なくとも私は見たことはありません。)

私も、初めてこの仕掛けを見た時は本当に吃驚してしまいました。まさに鶴屋南北の面目躍如というところでしょう。

なお、東京両国の「江戸東京博物館」では、江戸時代の芝居小屋である中村座のセットが展示されていますが、その中で「東海道四谷怪談」蛇山庵室の場におけるからくりABCを機械仕掛けで見られるように工夫されています。

話は例によって余談となります。お岩と小仏小平(こぼとけこへい)の死体は、戸板に打ち付けられたまま四谷左門町(新宿区)から砂村隠亡堀(江東区)にまで流れ着きますが、一般に溺死者(できししゃ、水死者)のことを「土左衛門」と呼びます。女の溺死者も「土左衛門」と呼ぶのはちょっと変な気もしますが、由来は江戸時代の力士"成瀬川土左衛門"の体型が、ちょうど溺死者のように腹がふくれ青白い色をしていたところから、戯れにそう呼ばれたのが始まりだそうです。

 
   
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