111.ぶらぶら病 | ||||||
歌舞伎には時々変な言葉が出てきます。「びびびびび」もそうでしたが、この「ぶらぶら病(やまい)」もそうでしょう。恐らく医学用語として「ぶらぶら病」という病名があるとも思えません。歌舞伎が生んだ言葉でしょう。 歌舞伎では、「雪暮夜入谷畦道」で、吉原の花魁"三千歳(みちとせ)"が、この病気に罹ります。「お染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)」でも、田舎娘"お光(おみつ)"がこの病気になります。 「ぶらぶら病」というのは、ズバリ言って「恋患い」のことです。あまり重体にはならないが、さりとて治る様子もなく長引いてはっきりしない恋の病、それを「ぶらぶら病」と歌舞伎では言うのです。 吉原大口屋の花魁"三千歳"は、直侍の情婦です。お尋ね者になってしまった直侍が、久しく逢いに来てくれないので、それを気に病んで「ぶらぶら病」になってしまいました。 入谷の二八蕎麦屋で、按摩の"丈賀"が蕎麦屋の主人との世間話に"三千歳"のことを噂しているのを、隣りで蕎麦を食べながら黙って聞いていた直侍は、自分がお尋ね者の身であることも顧みず、矢も盾も堪らなくなって三千歳の出養生(でようじょう)先・入谷の大口寮に向かうのです。江戸を離れる前に一目逢わずにはいられないという切羽(せっぱ)詰まった気持ちからです。 |
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こういう隣家の稽古事などの演奏が自然に聞こえて来るという設定を、演出効果として用いるのを他所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)と言います。この他所事浄瑠璃で最も有名なものが、この大口寮の場の「忍逢春雪解」なのです。 高音域の清元の声が舞台に冴え渡ります。「一日逢わねば千日の、想いにわたしゃぁ患ろうて 、鍼(はり)や薬の験(しるし)さえ、泣きの涙に紙濡らし、枕に結ぶ夢覚めて、いとど思いのます鏡---」。三千歳の有名なくどきの場面です。 今をときめく吉原の花魁を「ぶらぶら病」にさせるのですから、直侍は悪党とはいえ良い男なのです。 |
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