かぶきのおはなし  
  55.役柄  
 

歌舞伎では、登場人物を一目見ただけで、身分・性格・年齢・職業・善悪・貧富等が観客に分かることを原則としていることは、「49.歌舞伎の扮装」の項で述べました。また、歌舞伎が登場人物をパターン化していることも、再々に亘ってお話してきました。

西欧の近代劇が、登場人物を一人一人それぞれに、性格とか心理・内面が違う個性を持った一個の人間として、描こうとしているのに対して、歌舞伎では、これを類型的に捕らえている、というところが大きな相違点ですが、この登場人物の類型的分類を「役柄(やくがら)」と言います。

役柄
 
 


この「役柄」は、「立役(たちやく)」(善玉の男)、「若衆方(わかしゅうがた)」、「敵役(かたきやく)」、「女方(おんながた)」、「道化方(どうけがた)」など幾つかに分類されているのですが、これが時代と共に少しずつ細分化されてきているようです。

というのは、もともとは、江戸時代の中期頃までですが、一役者一役柄の原則があって、例えば「女方」の役者が「立役」を演ずるということは固く禁止されていました。それが、江戸も文化・文政期以降になると、この一役者一役柄の制度が崩れ、いくつもの「役柄」を「兼ねる」役者が出てきたのです。そして現在では、この制度は完全に無くなって、歌舞伎役者ならどんな「役柄」もこなせるというのが、かえって芸域に幅があるというように評価される時代になってきました。

こうした、一役者一役柄の制度が、崩れていく過程において、「役柄」という意味も次第に広義に使われるようになり、現在ではむしろ「役どころ」といった意味に使われているような気がします。

また、4世鶴屋南北が「色悪(いろあく)」(二枚目の悪人)とか、「悪婆(あくば)」(妖婦とか毒婦、明治の頃なら"高橋お伝"、現代なら"野村XXX"というところ)という「役どころ」を確立したように、歌舞伎の発展・進化に応じて新しい「役どころ」が次々に創造されてきたことから、「役どころ」もどんどん細分化され、増えていったのです。

以下に、主な「役どころ」を分類してみました。(分類の仕方も人によって少しずつ違うようです。)

(1)立役(善人)
荒事師 ---- スーパーマンのように強いやつ、怪力無双の正義の見方
和事師 ---- 色事、濡れ事、やつしを得意とする美貌の二枚目
実事師 ---- 中年盛りの思慮分別ある常識人、さばき役
辛抱立役 ---- じっと耐える役どころ
和実師 ---- 男の色気を感じさせる実事師
若衆方 ---- まだ前髪姿の未成年、美少年であることが多い
親仁方 ---- 男の年寄り
道化役 ---- 三枚目役でずっこけている

(2) 立役(悪人)
実悪 ---- お家横領を狙う大悪人、冷酷非情で凄みのある悪人
色悪 ---- 二枚目で女によくもてるが実は悪人
実敵 ---- 表面的には実直そうに見えるが実は悪人
平敵 ---- やすっぽい悪人、身分は低い
半道敵 ---- 三枚目でずっこけている悪人、あまり憎めない
公家悪 ---- 天下横領を狙う公家(地位の高い)で大悪人
丁稚敵 ---- 丁稚で悪いやつ

(3) 女方
傾城 ---- 遊女役、花魁役
女武道 ---- 女だてらに力持ち、武術は男まさり
悪婆 ---- 強請や殺しなどの悪事をはたらく年増女
武家女房 ---- 武家の女房役
世話女房 ---- 町人の女房役
娘方 ---- 町娘、武家の娘、姫
老女方 ---- 女性の老け役、花車方(かしゃがた)ともいう

 
   
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