かぶきのおはなし  
  49.歌舞伎の扮装  
 
江戸時代、歌舞伎は最も教養の低い階層の人々の娯楽であったということは、これまで再々申し上げました。客席(2等席は土間です)では、熊さんと八っつあんが、「かべす」といって、菓子・弁当・寿司を食いながらの見物です。私語どころかヤジだって飛びます。現在の歌舞伎座のように、和服を着込んだご婦人方が、お行儀よく芝居見物を楽しんでいる姿とは、天と地ほどの差があります。

そこで、うるさい客席を黙らせる為に、奇抜な隈取り(くまどり)をしたスーパーマンのように強い奴を登場させたり(荒事)、愛し合う男女が、抜き差しならぬ深刻な状況に追いやられ、絶望の余り心中をする(和事)ような、筋書きの芝居を工夫しました。

そして、もう一つの工夫が登場人物の扮装(いでたち)です。化粧法、鬘(かつら)、衣装などを工夫・類型化することによって、観客から見て、登場人物の人となりが容易に察しがつくようにしてあるのです。

いったいに歌舞伎では、登場人物の扮装や仕草を見ただけで、瞬時にして、その人物が、年齢は若いか歳をとっているか、善人かそれとも悪人か、身分が高いか卑しい身分か、力は強いかそれとも弱いか、二枚目か道化役か、美しいかそうでないか、金持ちか貧乏人か、そしてときには先の運命までもが分かるようになっているのです。ほとんど100%そうです。

 
 
善人の顔は白塗りにしてあり、悪人は赤塗り(赤っ面、あかっつら)にしてあります。身分の高い武士は、胸を張って大股に歩きますが、身分の低い百姓町人は背を屈めて小股に歩きます。落魄(らくはく)した人間は、紙衣(かみこ)といって紙で出来た着物で登場するのです。

巧妙なトリックを駆使した現代の推理小説のように、いったい犯人が誰だか、最後まで読み進まないと分からない、ということは絶対にありません。勿論、芝居の進行の上では、悪人が実は善人だったと、どんでん返しになるものもありますが、それも劇中の人にはどんでん返しでも、観客にはとうに分かっているのです。
歌舞伎の扮装
 
  要するに、歌舞伎では、頭を使って考えながら見なければならないようには、出来てはいないのです。頭を空っぽにして見ても十分理解できるような、工夫がされているのです。
 
   
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