かぶきのおはなし  
  54.石橋物  
 
たくさんある歌舞伎舞踊のジャンルの1つに、「石橋物(しゃっきょうもの)」というのがあります。もともとは、能の「石橋」から題材を取ったもので、別名「獅子物(ししもの)」とも呼ばれます。

能の「石橋」の粗筋はというと、昔ある高僧が天竺(てんじく)に渡り、聖なる山「清涼山(せいりょうざん)」を訪れる。そこへ木こりが現れ、清涼山に懸けられた「石橋」のいわれを語る。奇瑞を予言して立ち去ると、はたして文殊菩薩の眷族(けんぞく)といわれる霊獣・獅子が現れ、牡丹の花に戯れ、千秋万歳の勇壮な舞を舞うというものです。

「石橋」の幅は1尺(30cm)しかないが、長さは10丈(30m)に及び、橋桁から谷底までは、数千尺もあるそうです。この数千尺を仮に真ん中をとって5千尺だとすると、0.3x5000=1500m もある勘定になりますから、高所恐怖症でなくとも普通の人間では、渡れません。有名な高僧は、難行苦行の末にやっと渡ることができて、文殊菩薩のいる浄土にたどりついたということです。

能ではそういうことになっていますが、歌舞伎では色々な種類の「石橋物」があります。たいていは、前半部分は普通の人間(前シテ)で、その人間に獅子の精が乗り移って後半部分で本当の獅子(後シテ)になってしまい、最後に牡丹の花に戯れる、豪快な獅子の舞(毛振り)、となって終わりというものです。

「春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」では、御殿女中"弥生"が獅子頭を手に持って踊っているうちに、獅子の精が乗り移って獅子になってしまいます。このほかにも「英執着獅子(はなぶさしゅうちゃくしし)」とか「枕獅子」、「風流相生獅子(ふうりゅうあいおいじし)」などがありますが、皆同じパターンです。

また「連獅子」では、親獅子と子獅子の2頭の獅子が出てきます。獅子の毛の色は普通は白ですが、親子の獅子の場合は、親獅子が白で子獅子が赤になります。

 
 
歌舞伎での見所は、後半の獅子の豪快な毛振りです。獅子の頭から長く後ろへ垂らした毛(足元まで伸びた超ロングヘアーの髪の毛のかつらです)を、腰の回転を利かしながら、ぐるぐると廻すのです。歌舞伎役者が自分の背よりも長い獅子の毛を上手に振りまわすのですから、これは結構大変です。相当に体力のいる演技です。客席で見ていると、役者の顔面汗だらけの奮闘ぶりに感激し、思わず拍手したくなってきます。私も、初めてこれを見たときは、感動したものです。

石橋物
 
  獅子は、清涼山の谷川の水で髪を洗い、牡丹の花に戯れ、そして舞い狂う。豪快にして勇猛な獅子の舞です。

 
   
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