かぶきのおはなし  
  56.女形(おんながた)  
 
歌舞伎に女性の役者が出演することを禁じられたのは、江戸時代も初期の頃からで、以来、男が女役を演じる「女形」の芸が確立されていきました。いわゆる野郎歌舞伎(やろうかぶき)です。(「女形」という言葉は、芝居で主として女役をする役者という意味と、歌舞伎の「役柄」としての「女形」という意味の両方に使いますからご注意ねがいます。)

 
 

女形
「女形」というのは、古くは「女方」と書いたのですが(語源的には、こちらの方が古いようです)、今は何故か「女形」と書くのが普通です。また、読み方も、古くは「おんながた」あるいは「おやま」と読んだのですが、今は何故か「おやま」とは言わず、もっぱら「おんながた」と読みます。
テレビの対談で、「女形」の歌舞伎役者のことを、アナウンサーが「おやま」と言ったら、役者が即座に「おんながた、です」と、少しむっとした表情で、言い返したのを見たことがあります。

 
  「女形」の演技の基礎は、初世芳沢あやめ(1673−1729)や初世瀬川菊之丞(せがわきくのじょう)(1693−1749)らが創始し、以来、代々の名優たちの工夫によって、今日の本物の女よりももっと女らしく見えるという「女形」の芸となったのです。

彼らは、日常生活をほとんど「女」として生活し、その「女」生活を続けるなかで、如何にしたら「女」らしく見えるかという工夫を重ねてきたそうです。

ある「女形」の芸談に、これから舞台でラブシーンを演じるという時に、出番の前に楽屋で手を氷水で冷やす、ということをしたという話があります。相手の、男役が「女形」の手に触れた時に、そのあまりの冷たさに、いとおしさがこみ上げてきて本物の恋人同士のように、手を固く握り締めてくれるのだそうです。

この「女形」にも色々な「役柄」があることは、既にお話しましたが、「女形」 を専門にする役者は、「悪女」と「老女」の役だけは演じないという原則があるそうです。「悪女」を演じると、(名演技をすればするほど)そのイメージが染み付いて他の役の時に観客の同情が得にくくなるし、「老女」を演じると、(やはり名演技ほど)「女形」としての人気に陰りが出ることになるからだそうです。

そうは言っても、現坂東玉三郎などは、「悪婆」の役("土手のお六"など)をよく演じますし、結構似合っているのですが、あくまで例外だということです。


 
   
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