かぶきのおはなし  
  57.大伴黒主  
 
世の中には、親が気まぐれに付けた名前ゆえに、一生涯苦労をしなければならない羽目に落ち入る人が、多いようですが、この「大伴黒主(おおとものくろぬし)」という人も、まことに気の毒な人です。

紀貫之の作といわれる「古今和歌集」では、僧正遍照(そうじょうへんじょう)、在原業平(ありわらのなりひら)、文屋康秀(ふんやのやすひで)、喜撰法師(きせんほうし)、小野小町と並んで、6人の歌詠み(六歌仙)に選ばれたくらいですから、さぞかし当時では教養のある文化人であったのでしょう。(「古今和歌集」では、「大友黒主」ですが、歌舞伎では「大伴黒主」です。)

ところが、名前の「黒」が災いしてか、歌舞伎に登場するときには、天下を狙う大悪人ということにされてしまったのです。「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」でも「六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)」でも、いずれも天下覆滅を狙う大悪人です。本人が生きていたらさぞかし、歌舞伎界は名誉毀損で訴えられるのでしょうが、歌舞伎が誕生する以前にあの世へいってしまっているので、その心配はなさそうです。

 
 
歌舞伎では、「黒」という色は、「無」を表わしているのですが、また「悪」のイメージでもあります。

あの「仮名手本忠臣蔵」大序(だいじょ、幕開きの場面です)で、"高師直(こうのもろなお)"(吉良上野之介のこと)の紋付きの色は黒でしたし、5段目"斧定九郎(おのさだくろう)"(代表的な色悪です)も黒の着流しでした。
要するに「黒主」だからいけないのです。
大伴黒主
 
  六歌仙という栄誉な称号を貰いながらも、大伴黒主の歌は一首も残っておりません。藤原定家の撰といわれる「百人一首」でも、六歌仙の他の5人の歌は採用されているのですが、大伴黒主の歌だけは入っておりません。逆に、「古今和歌集」仮名序では「そのさまいやし----」などと書かれており、このことも大伴黒主の不運に繋がっているのではないかと思われてなりません。

兎も角、歌舞伎で「大伴黒主」という名前の人物が登場したら、大悪人だと思って下さい。
 
   
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