かぶきのおはなし  
  163.鞘当  
 

本花道から登場するのは、“不破伴左衛門”、仮花道からは“名古屋山三元春”です。“不破”は黒地に「雲に稲妻」、“名古屋”は縹色(はなだ色)地に「雨に濡れ燕」の衣装、両者共に深編笠、ところは桜花爛漫の江戸吉原仲之町。

二人の伊達男は優美な「丹前六法」を見せ、七五調の美文をわたりぜりふで聞かせます。以下に紹介しますが、せりふの文句を聞けば、文政6年(1823)初演時の配役は、“不破”が7世市川団十郎(1791−1859)、“名古屋”が3世尾上菊五郎(1784−1849)であることが分かります。
鞘当
 
  (両花道からの丹前の出)    
       
 
不破 「遠からんものは音羽屋に聞け、近くば寄って目にも三升(みます)の寛闊出立(かんかついでたち)、今流行の白柄組(しらつかぐみ)、遠い曲輪(くるわ)の大門を、入ればたちまち極楽浄土、虚空(こくう)に花の舞いわたり」
名古屋 「歌舞の菩薩の君たちが、妙(たえ)なる御声(みこえ)音楽は、誠や 天女(てんにょ)天下り、花ふりかかる仲之町、色に色あるその中へ、 ごろつき組か雷(いかづち)の」
不破 「これを知らずや稲妻の、始まり見たり不破が関、せきにせかれて目せ き笠、振られて帰るか、雨に鳥」
名古屋 「濡るる心の傘(からかさ)に、塒(ねぐら)貸そうよ濡れ燕、濡れに ぞぬれし彼(か)の君と」
不破 「競(くら)べ牡丹の風俗は」
名古屋 「下谷、上野の山かつら」
不破 「西に富士が嶺(ね)」
名古屋 「北には筑波」
不破 「思いくらべん」
両者 「伊達小袖」
   
 

(舞台中央−鞘当て)
   
 
名古屋 「刀の鐺(こじり)、捉(とら)えし御方(おんかた)コリャ何とめさ る」
不破 「これや此方(こなた)へ御免なされ、身はこの廓(さと)へ通いつめ、 当世(とうせ)陀々羅大尽(だだらだいじん)と、人に知られて闇の 夜に、吉原ばかり月夜かな。ことに夜桜まばゆくも、咲き揃うたる仲之町、この往還を避(よ)けずして、何で身どもがこの鞘へ、武士の 鞘当、挨拶さっしゃい」
名古屋 「そりゃこの方より申すこと、大道広き往還を、我が物顔の六法は、よしや男の丹前姿、模様も雲に稲妻は、もしや噂のそこもとは」
不破 「今この廓(さと)に隠れなき、稲妻組の関大尽、その名も高き富士筑波、心にたがえば闇雲に、抜けば玉ちる剣(つるぎ)の稲妻」
名古屋 「その模様とは事変わり、雨の降る夜も風の夜も、通い廓(くるわ)の上林(かんばやし)、夜の契りも絶えずして、明くるわびしき葛城(か つらぎ)と、しっぽり濡れし濡れ燕、無法無体の行きちがい、避けて 通すも恋の道」
不破 「そこをそのまま通さぬが、稲妻組の伊達衆の意地ずく」
名古屋

「稲妻組の頭分(かしらぶん)、関大尽とおいやれど、実は不破の伴左衛門、包むとすれど物腰恰好」

不破 「その声音(こわね)こそ覚えある。昔男の光る君、しかし刃金(はがね)は生ぬるき、名古屋山三と見たはひが目か」
名古屋 「面(おもて)を包む目関笠、取って貴殿の御面相(ごめんそう)」
不破 「痩(や)せ浪人のこなたの面体(めんてい)、まずその笠を」
名古屋 「貴殿の笠も」
不破 「いざ」
名古屋 「いざ」
両者 「いざ」
   
 

(深編笠をとって)
   
 
不破 「思うにたがわぬ名古屋元春」
名古屋 「さてこそ不破の伴左衛門」
不破 「互いに変わらぬ対面に」
名古屋 「場所も多きに吾妻(あずま)なる」
不破 「花の中なる花の街」
名古屋 「折りよく此処で」
両者 「会いましたなあ」
   
 
いかがでしょうか。このお芝居、“不破“といい”名古屋“といい、堂々とした風格があり、しかも美貌の人気役者でないと観客を酔わせることは出来ません。
 
   
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