かぶきのおはなし  
  159.封印切(ふういんきり)  
 
近松門左衛門の3大心中狂言のひとつ、「恋飛脚大和往来(こいひきゃくやまとおうらい)」が、2000年6月の国立劇場で上演されましたので、少し触れることにします。主人公の遊女・梅川は片岡愛之助(松島屋)、もう一人の主人公亀屋忠兵衛は中村扇雀(成駒屋)という若手コンビでした。

この「恋飛脚大和往来」は、もともとは人形浄瑠璃のために書き下ろされた「冥土の飛脚(めいどのひきゃく)」という狂言を、歌舞伎向けにアレンジして出来た作品です。ですから義太夫狂言ということになります。

現在では大きく分けて、前段部分が心中しなくてはならなくなった原因を描いている「封印切」で、後段部分が雪の降りしきるなか心中に赴く二人を描く「新口村(にのくちむら)」という2段構成になっているのが普通です。

 
 
さて「封印切」ですが、これは大坂の亀屋という飛脚屋の養子“忠兵衛”が、恋人である新町の遊女“梅川”の身請けを、敵役である“八右衛門”と張り合ううちに心ならずも為替の金の封を切ってしまうというものです。

飛脚屋というのは、いわば江戸時代における私立の郵便事業者で、主として江戸と上方間で手紙や現金の輸送に従事しました。忠兵衛は、その預り物の現金の封を切ったという罪で、金額の多寡に拘わらず死刑というのが幕府の定めたお仕置きでした。信用秩序を維持するために、使い込みには極刑で臨んだ訳です。(使い込まなくても封を切っただけで死刑です。)
封印切
 
  現代でいえば、公金横領罪ということになるのでしょう。愛する女のために悪いこととは知りながら、ついつい他人の金に手をつけるという、私たちの身の回りでも日常的に発生している事件で、現代社会にも通じるテーマが描かれているのがこの「封印切」なのです。

余談ですが、この飛脚は10日おきに、つまり月に3度定期的に江戸・上方間を往復したそうです。三度飛脚とも呼ばれていますが、この飛脚が東海道を往来する際に被った菅笠(すげがさ)を「三度笠(さんどがさ)」というのです。

どの位の日時を要したのかといえば、京都−江戸間で10日、大坂−江戸間で12日というのが、普通便。速達だと72刻(つまり144時間、=6日)で運んでしまうのだそうで、速達便の場合、手紙の表に「正六」と朱書きされたということです。現代の郵便でも速達便では手紙の表に赤で「速達」と書きますが、これは江戸時代の飛脚の名残だそうです。

 
   
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