かぶきのおはなし  
  124.東海道四谷怪談  
 
4世鶴屋南北の最高傑作の一つに数えられている「東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)」のお話をします。歌舞伎を一度も見たことがない人でも"お岩"さんの幽霊話なら知っている、というほど有名な生世話(きぜわ)のお芝居です。初演は、文政8年(1825)で、世に言う文化・文政、江戸文化の爛熟期の作品です。

 
 
題材は、寛文(1661−1672)の頃、(新宿区)四谷左門町(よつやさもんちょう)に住んでいた下級役人"田宮又左衛門"の娘"お岩"が、嫉妬に狂って自殺し、夫とその家族に祟ったという巷間伝えられた話に、密通した男女が戸板の表裏に釘で打ち付けられて神田川に流されたという話や、隠亡堀(おんぼうぼり、隠亡とは埋葬を業とする賎民のこと)に心中者の死体が流れたのを鰻取りが引き揚げたという当時のニュースを混ぜた上に、更に赤穂浪士の筋を絡ませた複雑なものになっています。

筋書きを申し上げる前にまず登場人物を整理してみましょう。


<悪人側>
東海道四谷怪談
 
 

・ 民谷伊右衛門(たみやいえもん)---- 主人公。塩冶(えんや)の浪士(赤穂浪士)。お岩の夫。典型的な色悪の役柄。
・ 直助権兵衛(なおすけごんべえ)---- 塩冶浪士奥田庄三郎の下僕。お岩の妹お袖と夫婦になるが、実はお岩・お袖とは実の兄弟。
・ 按摩宅悦(あんまたくえつ)---- 地獄宿(売春窟)を経営する民谷伊右衛門に言いなりの小心者。
・ 秋山長兵衛 ---- 民谷伊右衛門の悪仲間。
・ 伊藤喜兵衛---- 民谷伊右衛門の隣家に住む高師直(吉良上野介)の家来。民谷伊右衛門に惚れるお梅の祖父。
・ お梅 ---- 民谷伊右衛門に横恋慕する隣家の娘。
・ お弓 ---- 伊藤喜兵衛の娘、お梅の母。
・ お槙 ---- お梅の乳母。
・ お熊 ---- 民谷伊右衛門の母。
・ 源四郎 ---- 民谷伊右衛門の父。

<善人側>
・ お岩 ---- 民谷伊右衛門の妻。
・ お袖 ---- 佐藤与茂七の妻であり直助権兵衛とも夫婦となる。
・ 四谷左門 ---- お岩・お袖・直助権兵衛の父。塩冶の浪士。
・ 佐藤与茂七(さとうよもしち)---- お袖の夫。塩冶の浪士。
・ 小汐田又之丞(おしおだまたのじょう)---- 塩冶の浪士。
・ 奥田庄三郎 ---- 塩冶の浪士。
・ 小仏小平(こぼとけこへい)---- 民谷伊右衛門家の小者。

以上ざっと主な登場人物を列挙しました。お芝居は5幕まであるのですが、5幕を終わって生を全うする者は、上記の内、佐藤与茂七、按摩宅悦、小汐田又之丞のたった3人だけというのを見ても、この芝居が如何に異常な世界を描いたものであるか想像がつきます。

それでは次に、生き残った3人以外の者はどんな死に方をするのか、死ぬ順に並べてご説明します。

・ 四谷左門 ---- 民谷伊右衛門の公金横領の事実を知ったが為に、伊右衛門に 殺される。
・ 奥田庄三郎 ---- お袖の夫佐藤与茂七と間違えられ、お袖に横恋慕する直助権兵衛に殺される。
・ お岩 ---- 伊藤喜兵衛から送られた毒薬を飲んで死ぬ。
・ 小仏小平(こぼとけこへい)---- 民谷家のソウキセイという薬を盗んでこれがバレ、民谷伊右衛門に惨殺される。お岩と小仏小平は伊右衛門によって戸板の表裏に釘打ちにされて川に流される。
・ お梅 ---- 民谷伊右衛門と祝言の夜、お岩の死霊の祟りで狂った伊右衛門に殺される。
・ 伊藤喜兵衛 ---- 同上。
・ お槙 ---- お岩の死霊によって隠亡堀(おんぼうぼり)に引き込まれて死ぬ。
・ お弓 ---- 民谷伊右衛門に隠亡堀に蹴落とされて死ぬ。
・ お袖 ---- 直助権兵衛と佐藤与茂七の二人の夫を持った罪の意識で、わざと両人の手に掛かって死ぬ。
・ 直助権兵衛 ---- 実の兄妹とは知らず、お袖と契った畜生道(近親相姦)を恥じて自殺する。
・ お熊 ---- お岩の亡霊に喉を食いつかれて死ぬ。
・ 秋山長兵衛 ---- お岩の亡霊によって首を縊(くび)られて死ぬ。
・ 源四郎 ---- お岩の亡霊に悩まされ首を括って死ぬ。
・ 民谷伊右衛門 ---- 佐藤与茂七に討たれて死ぬ。

如何ですか?これだけでぞっとしてきませんか。鶴屋南北作品のキーワードは「残酷」、「非情」、「狂気」、「怨念」なのです。

それから、「東海道四谷怪談」という外題ですが、舞台が江戸、四谷左門町や砂村(江東区砂町、江戸時代に火葬場があった)隠亡堀なのに、「東海道」とは不思議な気がします。これは、江戸で起きた事件から題材をとった為に、お上から上演中止の沙汰が下るのを恐れて場所を無理矢理「江戸」から「東海道」に替えた為です。「四谷」は、東海道藤沢付近の宿だということです。

「東海道四谷怪談」の筋書きは次回にして、最後にもう一つ。今でも、新宿区四谷左門町には、お岩稲荷があります。田宮神社とも呼ぶそうです。


 
   
back おはなしメニュー next