かぶきのおはなし  
  122.ぴんとこな  
 
上方和事系の役柄で「つっころばし」と並んで、もう一つ「ぴんとこな」というのがあります。誠に可笑しなネーミングで直ぐにはピンときません。

語源としては「ひんとする」(=きっとなる)から来ているということですが、やはり私にはピンと来ません。

尤も、私にはピンとこなくても「ぴんとこな」という役柄は、歌舞伎の役柄として厳に存在する訳で、どういう人物かと言うと「つっころばし」と同じく色男で濡れ事師で基本的には優男という点では同じですが、どこか芯(しん)の強さを持っているところが「つっころばし」と違っているところです。

「つっころばし」は育ちの良さから我が侭で、我慢するということが出来ないのですが、「ぴんとこな」はじっと耐える「辛抱立役」(しんぼうたちやく、じっと辛抱する役どころ)でもあるのです。

 
 
ぴんとこな この「ぴんとこな」の代表としては、「伊勢音頭恋寝刀(いせおんどこいのねたば)」の"福岡貢(ふくおかみつぎ)"が挙げられます。

福岡貢は、伊勢(三重県です)の御師(おし)です。御師というのは、まあ伊勢神宮の身分の低い神職だと思えば良いでしょう。この貢が旧主家が紛失した家宝、「青江下坂(あおえしもさか)」の名刀とその折紙(おりがみ、鑑定書のこと)を捜しているという設定です。

一方、貢の恋人である芸者の"お紺(おこん)"も密かにこの名刀探しに協力しているのです。そして敵役がこの名刀の折紙(おりがみ、鑑定書です)を所持していると知ったお紺はそれを手に入れる為、廓内、満座の中で心ならずも貢に愛想づかしを言うのです。お決まりのパターンです。
 
  この場面の貢は「ぴんとこな」(辛抱立役)だけあって、じっと我慢をするのです。お紺への憤怒を内訌(ないこう)させながらもキレないで腹の中に納める場面、貢役者のまさに仕所と言えましょう。

この後に続く場面では、貢の十人斬りという凄惨な殺しの場面になります。前の場面で堪えていたものが一気にほとばしるのです。「青江下坂」の名刀の妖気漂う、酸鼻(さんぴ)を極めた殺し場です。

 
   
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