かぶきのおはなし  
  105.飼葉料  
 
歌舞伎狂言の中には、馬が登場する場面が沢山あります。馬といっても、まさか本当の馬を舞台に出す訳にはいきません。それでまた色々な工夫をする訳です。

もっとも一般的なのが、全体をこげ茶色のビロードの布でおおった人工の馬を作って、前脚と後脚部分に人間が入り、馬の胴体と馬に乗る人間を2人で担ぐというものです。この人工の馬ですが、たてがみと尾には本物の馬の毛が用いられているそうです。

 
 
飼葉料 例えば、「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」の陣門の場、組討の場では、"熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)"と"平敦盛(たいらのあつもり)"が、それぞれ黒馬と白馬に乗ります。また「源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)」では、"斎藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)"がやはり馬に乗ります。この両者のような鎧武者の場合、馬に乗る役者の体重にもよりますが、役者の衣装と馬の自重とを合わせると150kgにもなるそうで、それを2人で担ぐ訳ですから中に入る役者?さんも大変です。(江戸時代には、馬の脚は大道具方の受持ちだったそうですが、今は役者さんが勤めるのだそうです)。
 
  また、長唄の舞踊劇「近江のお兼(おうみのおかね)」では、馬が前脚を蹴って跳びあがるのを、後脚の役者が支える場面がありますが、この動作はなかなか難しく、2人の呼吸が合わないと失敗してしまいます。

市川猿之助の「小栗判官(おぐりほうがん)」では、"小栗判官"と"照手姫(てるてひめ)"の二人が馬に乗ったまま宙乗りになるのですが、この馬は模型だけで人間が支えている訳ではないので問題はないようです。余談ですが、中央競馬にオグリキャップという名馬がいましたが、小栗判官は芝居では馬術の名手ということになっており、ひょっとしたら馬主は歌舞伎を知っていて名付けたのではなかろうかと、勝手に想像しております。

さて、とにかく馬の脚を勤める役者さんは技術的にも体力的にも大変ご苦労さんなので、特別の手当てが支給されるそうですが、その特別勤務手当てのことを歌舞伎の世界では「飼葉料(かいばりょう)」と呼ぶのだそうです。この特別勤務手当てで競馬の馬券を買うとよく的中するという話もありますが、勿論これは嘘です。

なお、優れた馬の演技には、大向こうから「馬の脚(うまのあしっ!)」というかけ声が掛かることもあるそうですが、残念ながら私はまだ聞いたことがありません。


 
   
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