かぶきのおはなし  
  103.家紋  
 


歌舞伎役者の家には、それぞれ家紋があります。この家紋というのは、役者にとって家系のシンボルマークであると同時に家の芸を象徴するいわば登録商標のようなものです。


家紋

 
  家紋にも「定紋(じょうもん)」と「替紋(かえもん)」の2種類があって、「定紋」というのは言わば「表紋」のことで、「替紋」は「裏紋」のことだと考えてよいでしょう。

実際の歌舞伎狂言の中でも、役者が着る衣装や小道具などにこの「家紋」が入っていることも多いので、主だった役者の紋を知っていると歌舞伎をより一層楽しく鑑賞できると思います。以下に少し列挙してみます。

役者名 屋号 定紋 替紋
12世市川団十郎 成田屋 三升 杏葉牡丹
7世尾上菊五郎 音羽屋 重ね扇に抱き柏 四ツ輪
6世中村歌右衛門 成駒屋 祇園守 裏梅
7世中村芝翫 成駒屋 祇園守 裏梅
9世松本幸四郎 高麗屋 四ツ花菱 三ツ銀杏
15世片岡仁左衛門 松島屋 七ツ割丸に二引 追いかけ五枚銀杏
2世中村吉右衛門 播磨屋 揚羽蝶 村山かたばみ
5世中村勘九郎 中村屋 角切銀杏 舞鶴
3世市川猿之助 沢潟屋 沢潟 三ツ猿
9世沢村宗十郎 紀伊国屋 丸にいの字 笹りんどう
4世中村雀右衛門 京屋 京屋結び 向い雀
5世坂東玉三郎 大和屋 花かつみ のし菱
17世市村羽左衛門 橘屋 根上がり橘 渦巻

さて狂言の中での衣装の紋ですが、例えば「助六由縁江戸桜」では、揚巻や白玉などの花魁道中で用いる箱提灯には、花魁役者の紋が付けられています。

また、「恋飛脚大和往来」では、心中におもむく梅川と忠兵衛の衣装には、互いに相手の役者の紋を比翼に染め抜くのが決まりだそうで、例えば梅川が坂東玉三郎で忠兵衛が片岡仁左衛門(かたおかにざえもん)の場合だと、梅川の衣装には相手役松島屋の紋である「七ツ割丸に二引」の紋が、自分の紋に並べて染め抜いてある訳です。心中する二人に相応しい粋な演出ですね。

余談ですが、本当の話かどうか知りませんが、家紋について面白い話を聞いたことがあります。それは9世沢村宗十郎(さわむらそうじゅうろう)(紀伊国屋)の家紋です。○の中に平仮名の「い」の字を太く書いた「丸にいの字」です。

話というのは、初世沢村宗十郎(1685−1756)には愛人がいて名前を「おいち」といったそうです。そしてこの愛人「おいち」のことを家内では「おい、いの字」などと呼んでいたところ、贔屓筋がある舞台で初世沢村宗十郎が着る衣装にふざけて「丸にいの字」の紋をつけて贈ったところ、初世が気に入って爾来紀伊国屋の家紋になったということです。

 
   
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