かぶきのおはなし  
  102.紙衣  
 
歌舞伎の衣装に「紙衣(かみこ)」というものがあります。文字通り和紙を貼り合わせて仕立て上げた粗末な衣装ということで、落ちぶれてみすぼらしい境遇にあることを表現しています。もともと貧しい者が着るものなのです。

実際には厚めの和紙に柿渋を引いて、乾燥させたものをよく揉んで柔らかくし、更に柿渋の臭みをとる為に露にさらしてから作ったそうで、見てくれは悪くてもこの「紙衣」、結構強くて暖かいのだそうです。

しかし「美しくなければ歌舞伎ではない」という歌舞伎の美意識は、舞台で役者が本物の「紙衣」を着ることを許しません。「紙衣」らしく見える美しい衣装を着るのが歌舞伎なのです。

 
 
紙衣 「紙衣」を着て出る役の代表選手が「廓文章(くるわぶんしょう)」の"伊左衛門(いざえもん)"ですが、紫縮緬に、黒地に反故(ほご)の手紙(=紙)を連想させるいろは仮名や恋文を金糸銀糸で刺繍したものを肩や袖口に縫いつけたもので、黒と紫の配色が素晴らしく、とても粋で美しい衣装となっています。

以前には身分・家格も高く裕福であった大店の若旦那が放蕩(ほうとう)の末に落魄して、かって馴染んだ遊女のところに訪ねて来るという「やつし」芸の典型的二枚目に相応しい、優しさ、自ずと滲み出る気品と色気を窺(うか)がわせるに十分な洗練された美しさです。これこそが歌舞伎の様式美というものなのでしょう。
 
  「紙衣」を着て出る役は、他には「嫗山姥(こもちやまんば)」の遊女"八重桐"がそうでした。

また「助六由縁江戸桜」では、"助六"が母親の曾我"満江"(まんこう)に「紙衣」を着せられるという場面があります。こちらの方は、落ちぶれたということではなくて、喧嘩をしないようにという母の戒めです。喧嘩をすれば和紙で出来た「紙衣」は直ぐに破れるからという意味です。

役者が着て出る衣装が、紫縮緬にいろは仮名文字で書かれた手紙のようなものが肩や袖口の部分につぎはぎのように縫い合わせてあれば、これは「紙衣」を着ているのであり、落ちぶれた様を表現しているのだと思って下さい、

 
   
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