かぶきのおはなし  
  100.人形振り  
 
もともと文楽(人形浄瑠璃)の為に書き下ろされた作品を、歌舞伎に取り込んだのが義太夫狂言ですから、舞台での演者は人間である筈なのですが、義太夫狂言の一部分だけ、演者がわざと本来の文楽人形になったような振りをすることを「人形振り(にんぎょうぶり)」と言います。

舞踊的な効果を狙った歌舞伎の演出法の一つで、役者が人形になる訳ですから当然に黒衣(くろご)がついて、恰もその黒衣に操られている人形のような動きをするのです。人形ですから顔は無表情ですし、動きはぎこちなく直線的になります。黒衣には普通、役者の門弟などがなることが多いようです。

口伝があって、この「人形振り」を本当に人形らしく見せるには、人形のいい仕草を真似るのではなくて、人形のまずいところを真似るのだそうです。何だかおかしな話にも聞こえますが、言われてみると成る程と思います。

それでは義太夫狂言のどの部分を「人形振り」で見せるのかというと、一般的には若い娘やお姫様などのヤングレディーが、(激しい恋ゆえに)その女心を高揚させる場面、激情に走る場面にこの演出を用いることが多いようです。あるいは、長時間物で観客に目先の変化を与える必要がある場面で、道化役がこの「人形振り」を見せるケースなどです。

 
 
人形振り
前者の例を挙げると、「伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)」の"櫓のお七"や「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」狐火の場の"八重垣姫(やえがきひめ)"などがこの「人形振り」で演ずることが多いようです。あるいは、「祇園祭礼信仰記」(通称、金閣寺と呼びます)の"雪姫"なども「人形振り」で出ることがあります。
 
 
後者の例では、「壇浦兜軍記」(通称、阿古屋です)の半道敵(はんどうがたき)"岩永左衛門(いわながざえもん)"が、"阿古屋"が3種の楽器を奏でている時、やはり「人形振り」になって、胡弓を擦る真似をしたりして大いに客席を笑わせたりします。つい先程まで"阿古屋"にきついことを言っていた"岩永左衛門"が突然に浮かれて「人形振り」になるところ、見ていてとても愉快です。



 
   
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