かぶきのおはなし  
  87.引き抜き  
 

「京鹿子娘道成寺」や「手習子(てならいこ)」あるいは「鷺娘(さぎむすめ)」などの所作事(舞踊)を初めてご覧になった時には、きっと吃驚(びっくり)なさった経験がおありだと思います。踊っている役者の衣装が瞬時に変わってしまうのです。

舞台で役者が踊っている時、観客の目の前で一瞬のうちに衣装を変える技法・仕掛けのことを「引き抜き」といいます。華麗な舞台衣装の視覚的効果を更に高める為の技法で、舞踊の魅力の一つでもあります。

引き抜き
 
  これは、最初から2枚の衣装を重ねて着ておいて、肩や袖の部分の荒縫いした糸を引くと、下から今までとは全く違った衣装が瞬時に現われるという仕掛けです。後見(こうけん)と役者の息がピタリと合うことが、この「引き抜き」を鮮やかに決める秘訣なのでしょうが、見事に決まった時にはその素晴らしさに、思わず唸(うな)ってしまいます。

この「引き抜き」の一種ではありますが、少し違った意味合いを持つ瞬間早変わりに「ぶっ返り」があります。

「ぶっ返り」の要領は「引き抜き」と同じですが、こちらは上半身の衣装が裏返しとなって下半身を覆うという形になるもので、ある人物が本性を現わしたり、性格が大きく変わる場面で用いる技法なのです。

「ぶっ返り」は、所作事というより普通の狂言(劇)の中で多くみられます。 「鳴神」では"鳴神上人"が「ぶっ返り」をみせますし、「積恋雪関扉」では樵(きこり)の"関兵衛(せきべえ)"がぶっ返って天下を狙う大悪人である"大伴黒主"になるのです。


 
   
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