かぶきのおはなし  
  80.せまじきものは宮仕え  
 
「寺小屋」というのは、江戸時代中期以降庶民の間に流行した、読み書きを教える私設の学習塾のことです。ですから道真の時代にこういうものがあったかどうか、疑わしいというより絶対に無かったのですが、賢明な歌舞伎ファンはそういう野暮は言いません。

菅丞相が書道の神様であり、その弟子で菅丞相から「筆法伝授(ひっぽうでんじゅ)」を受けた"武部源蔵(たけべげんぞう)"は、芹生(せりう)の里(京都市北部)で村の子供を集めて「寺小屋」を開いています。そしてこの「寺小屋」に菅丞相の嫡子"菅秀才(かんしゅうさい)"(凄い名前です)が匿われているのです。大恩ある師匠の息子を、弟子が匿っているという設定です。

この源蔵が庄屋へ呼ばれ、菅秀才の首を討って差し出せとの"時平"よりの厳命を受け、検死役人"春藤玄蕃"(しゅんとうげんば)という敵役と、首実検役"松王丸"(時平方で菅秀才の顔を知っているのは松王丸のみ)の二人が「寺小屋」に菅秀才の首を受取にやってくることになりました。源蔵は思案に暮れてしまいました。もとより、"菅秀才"の首を討つことは出来ないし、さりとて身替わりとなりそうな品格ある面立ちの子供など一人もいないのです。勿論そんな人道にもとることなど出来ないのですが----。

ここで源蔵が有名なせりふを2つ吐きます。一つ目は「いずれを見ても山家(やまが)育ち」。人間は氏(うじ)よりも育ちだとは言うものの、この寺子屋に来ている子供は、みんな青ばな垂らした(品のない顔をした)子供ばかりで、直ぐに偽首だとバレてしまうこと必定(ひつじょう)だ、弱った弱ったという心境でしょうか。

そして二つ目ですが、サラリーマンをしている私には痛い程よく解かります。「せまじきものは、宮仕え」。腹の底から出る悲痛な叫びです。源蔵役者の仕どころでしょう。

ところが、源蔵がこうした思いを抱きつつ外出しているうちに、思いがけないことが起きていました。源蔵の留守を預る"戸浪(となみ)"(源蔵の妻)のもとに、松王丸の奥方"千代(ちよ)"がやってきて一子"小太郎"を入門させていたのです。小太郎は他の子供と違って、高貴な育ちといっても通用する気品のある顔立ちをしていたのです。

やがて春藤玄蕃と松王丸がやってきて、菅秀才の首を差し出せと源蔵夫婦に迫ります。源蔵は別室に行き、止む無く小太郎の首を討ち、それを首桶に入れて戻ってくるのですが、松王丸はこれを見て、意外にも「菅秀才の首に相違ない」と言い切るのです。そして偽首を受取って二人は帰ります。

 
 
別室で源蔵が首を斬り落す音が、聞こえたその瞬間の松王丸の動揺。思わず自分がよろめいて戸浪とぶつかったとき、照れ隠しに「無、無礼者っ」と叫ぶのですが、私はこのシーンが好きです。そして首実検へと松王丸役者の腹芸の見せ場が続きます。自分の子供の首を見て、菅秀才の首だと悲痛な思いで言い切るのです。もし偽首だと言えば、源蔵は松王丸を斬ろうとしています。菅秀才の首だと言ってもし偽首だとバレれば、松王丸は春藤玄蕃を斬る覚悟です。いろいろな思いが瞬時に脳裏をよぎるわけです。よほど役の性根を理解した役者でないと勤まりません。
せまじきものは宮仕え
 
 
虎口を脱したという安堵の気持ちと同時に、他人の子供を殺したという罪の意識に苛まれている源蔵夫婦のもとに、先程子供を預けた千代がやってきました。瞬間どうその場を取り繕うべきか戸惑いを見せる二人に、千代は驚くべきことを言うのです。「お身替わり、お役に立てて下さいましたか」と。

そこへ「女房、喜べ、せがれはお役に立ったわやい」と言って、先程帰ったと思った松王丸が入ってくるのです。このあと、松王丸は本心を明かすとともに、千代と二人で揃って涙に暮れるのですが、主への忠義と子に対する情愛の狭間にあって、このような選択をせざるを得なかった夫婦の苦悩と嘆き。源蔵に、首を討たれる間際の小太郎の健気(けなげ)な様子を聞かされた夫婦は、揃って涙、涙、涙です。ここで松王丸が血を吐くような名せりふを言います。「持つべきものは、子でござる」。ここのところも見せ場ではあります。

以上が「寺小屋」の大筋です。この「寺子屋」というお芝居は、"松王丸"、"武部源蔵"、"戸浪"、"千代"などを演ずる役者に人を得ないとシラけたものになってしまいます。話だけを聞くと何とも暗くて気が滅入ってしまいそうですが、実際に舞台を見ると役者の名演技と緊張感溢れるストーリーに引き込まれてしまうのです。人気の高い狂言です。


 
   
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