かぶきのおはなし  
  78.牛肉は食べない  
 
詩文・漢学に優れ当代最高の教養人であった菅原道真の歌は沢山残されておりますが、その中でも最も有名なのが、おそらく筑紫へ左遷される際に詠んだという「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」ではないでしょうか。歌の意味は申すまでもないことですが、要するに、春になって東の風が吹くようになったら自分がいなくても毎年美しい花を咲かせてくれと、(遠く都を離れても自分のことを忘れないでいて欲しいという願いを)庭の梅の木に託して詠まれたものでしょう。

 
 
この歌が広く知れ渡ったことによるものかどうか、とにかく「天神様」に梅の木はつきもののようになって、今日全国各地にある「天神様」はいずれも梅の名所となっているようです。東京の「湯島天神」も春になると境内には梅の花が沢山咲きますが、京都の「北野天神」も九州「太宰府天満宮」も梅の名所で知られています。
牛肉は食べない
 
 
「天神様」と梅が切っても切れない縁にあるように、動物では「牛」が「天神様」のお使いであると考えられているそうです。これは多分、菅原道真が丑年の生まれだからだと言われています。よく「天神様」の境内で牛が描かれた絵馬や額を見かけますが、牛が「天神様」由縁の動物だからでしょう。「菅原伝授手習鑑」の冒頭「加茂堤(かもつつみ)」や「車引(くるまびき)」の場でも、牛車が登場します。

名優といわれた故13世片岡仁左衛門(1904−1994)(現15世片岡仁左衛門の父です)は、「菅原伝授手習鑑」の"菅丞相"の役を生涯の当たり芸としていました。神様を演ずる訳ですから当然、高貴にして品格が備わっていることがこの菅丞相を勤める役者の絶対条件とされ、歌舞伎の役でもとりわけ難役とされています。

13世片岡仁左衛門はこの菅丞相の役を勤める場合には、必ず斎戒沐浴して舞台に臨んだそうです。そして精進潔斎を心掛け、片岡家が先祖以来「天神様」を深く信仰していたこともあって「天神様」のお使いである牛の肉を食することは絶対にしなかったそうです。
舞台に立つ前から役づくりにかける名優の心構えを伝える逸話です。


 
   
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