かぶきのおはなし  
  76.八文字を踏む  
 
またまた花魁(おいらん)の話で恐縮していますが、もう少し我慢してお付き合い下さい。今回は「八文字(はちもんじ)を踏む」ということです。

花魁が廓内を、例えば引き手茶屋から揚屋まで歩くとき、あるいは花魁道中で大勢の取巻き連中に囲まれて歩くとき、その独特の歩き方を「八文字を踏む」というのです。

花魁は遊女のなかでも最高位の者ですが、その格式と気品の高さに加え豪華絢爛さを表わすのに伊達兵庫の鬘(かつら)、豪華な裲襠と俎板帯だけではこと足らず、更に3枚歯の黒塗りの高下駄を履くことによってそれを表現しているのです。

 
 
この花魁用の3枚歯の高下駄がどの位高いかというに、最近若い女性の間で流行のヒールの超高い厚底靴など全然問題にならない位に高いのです。なにしろこの下駄を履くと花魁一人では危なくて歩けない程の高さで、多分30cm以上はあるでしょう。花魁は、自分の前に男衆を立たせ、その男衆の肩に自分の左手を乗せて転ばぬようにバランスを取りながら歩くのです。
八文字を踏む
 
 
しかし、いくら男衆の肩に手をついても30cmを超える高下駄では、足を真っ直ぐ前に出しては歩けません。歩くにあたっては、まず片方の足を外側に大きく振り出しておいてからさっと前へ進め、次に反対側の足も同じように外に振り出してから前へ進めるという具合にして歩くのです。そうすると花魁の両足の軌跡は数字の「8」を連続して地面に描くことになる訳です。まさに「八文字を踏む」という歩き方なのです。

この花魁道中については、実際にお芝居でご覧になることを御薦めします。先導する2人の禿(かむろ)に続いて男衆の肩に手を置いた花魁、花魁のすぐ後ろにはもう一人の男衆がいて花魁の名前を書いた大きな花傘をかざしており、更に女中連中が4、5名供に続き、最後に遣り手婆が締めくくる----。

「籠釣瓶花街酔醒」で傾城"八ツ橋"の花魁道中を生まれて初めて見た田舎者の"佐野次郎左衛門"が、その美しさに見とれて動けなくなってしまうのですが、佐野次郎左衛門ならずとも、まるで夢のような異次元の世界を垣間見た気分になるものです。

さてこの花魁たちが「八文字を踏んで」歩いた吉原遊郭はどのくらいの広さだったかというと、約2万7000坪だといわれています。メートル法に換算すると、27000x3.3=89100平方メートルです。ごく大雑把にいって縦300m、横300mの広さということになりますが、私などは意外と狭かったのだなあという印象です。皆さんはどう思われますか?

 
   
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