かぶきのおはなし  
  73.一声二顔三姿  
 
「一声二顔三姿」あるいは、「一声二振三男」などとも言います。いったい何のことかというと、優れた歌舞伎役者であるために求められる条件を、重要な順に並べたものです。

それによると、美男子(顔・男)であるとか、スタイルが良い(姿・振)とかいうことよりも、まず1番に口跡(こうせき、声)が良くなければならない、ということです。

2番と3番は、言い方で順番が違うようですが、歌舞伎役者の絶対条件が口跡であることには誰しも異存はないのです。

「口跡」というのは少し難しい言い方ですが、歌舞伎役者の発声法、せりふ回し、雄弁術などのいわば「せりふ術」と、声色、声の高さ、声の低さという基本的な「声の質」の両方をさしているようです。

 
 
歌舞伎のせりふには、河竹黙阿弥作品に代表される七五調の音楽のような美しい名せりふや、「ツラネ」といって荒事芸などで主人公が花道で延々と(吉例などを)述べる長ぜりふ、2人以上の役者が交互に自分のせりふを喋り最後デュエットのように全員で声を合わせて終わる「割(わり)ぜりふ」、更には数人の役者がまるで連歌の会を催しているように順々にあとを続ける「渡りぜりふ」など、場面場面に応じた様々なせりふ術があります。

様式性、音楽性を重んじる歌舞伎では、「口跡」の良し悪しで観客に訴えるものが違ってくるのです。

一声二顔三姿
 
  あくまで私見ですが、現役の役者(中堅どころ)で「口跡」の良いのが、まず2世中村吉右衛門(なかむらきちえもん)でしょう。そして逆に悪いのが残念ながら12世市川団十郎でしょうか。

余談ですが、歌舞伎のせりふ術で、音の緩急・強弱・高低・伸縮などの技術のことを「めりはり」と言います。これは「滅(め)る」(=緩む)と「張る」(=強める)が一つになったものです。そして「めり」と「はり」がよくきいていて、せりふが観客に鮮やかに聞こえることを「めりはり」があると言います。 現代用語でも「物事に起伏がある」というような意味で「めりはり」がある、などと使いますが、もともとは歌舞伎のせりふ術(あるいは邦楽)の「減り」「張り」が転じた言葉です。

 
   
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