かぶきのおはなし  
  72.化粧声  
 
化粧は顔にするもので、声にする化粧は実生活ではありえないのですが、歌舞伎の世界には「化粧声」というものがあります。

役者が舞台に登場したときや、見得を切ったときなどに大向こうからかけ声がかかるのが普通ですが、この「化粧声」というのは、舞台にいる役者から役者に向かって掛けるかけ声のことを、こう呼ぶのです。

役者から役者に向かって掛けるといっても、役者同士が褒め合っていても仕方ありません。掛ける役者は端役(はやく)の役者で、掛けられる役者は主役を勤める役者です。

 
 
例を挙げましょう。まず、歌舞伎十八番の「暫」です。主人公である鎌倉権五郎景政がスーパーマンの扮装で「しばらく、しばらく」と言って揚幕から花道に出て来たとき、舞台中央の公家悪・清原武衡の家来ども(端役の人々です)が、「アーリャ、コーリャ」とか「でっけえ」とかを斉唱するのです。
化粧声
 
  また「寿曾我対面(ことぶきそがのたいめん)」でも、曾我兄弟が花道に登場するや工藤祐経(くどうすけつね)のもとに居並ぶ大名たち(端役)から同様に「化粧声」が掛かります。

荒事芸で、それも極めて様式性の高い芝居だからこそ、こうした「化粧声」も重要な演出技術の一つになっているのでしょうが、厳然とした役者の格付けが存在していたことの名残りかも知れません。それにしても歌舞伎らしいナンセンスな演出で、外国人などはびっくりしてしまうそうです。

 
   
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