かぶきのおはなし  
  68.見得  
 
よく、自信のほどをことさらに強調することを「大見得を切る」とか言います。また、外観を飾るとか、うわべを繕って必要以上によく見せようとすることを「見得を張る」とか言ったりします。

この「見得」というのも、もとはといえば歌舞伎の演出用語です。歌舞伎では、ある瞬間の役者の表情や動作を観客に印象づける為に、首を振ったり廻したりしたのちに、ちょうどストップモーションのように動作を停止し、手先足先に力を込めて、両目を寄せて睨むようにして形を決めますが、この動きのことを「見得(みえ)」と言います。

分かり易く言えば、演技の途中で動作を停止してポーズを取ることです。
役者の演技や感情が頂点に達したときに、一時その動きを停止して観客にそのシーンをクローズアップして印象づけるのです。そして、この「見得」が決まったときに、タイミングよく「ツケ」という効果音を入れるのが、普通です。
勿論、このタイミングをとらえて大向こうからかけ声が掛かります。

この「見得」ですが、やはり色々な種類の「見得」があります。

「勧進帳」のお話をしたばかりなので、「勧進帳」の中で武蔵坊弁慶が切る「見得」をご紹介しますと、まず富樫左衛門の要請で勧進帳を読み上げた後、巻物を右手に立てて持ち、左手には数珠を持って胸のところに構えて不動明王の形に決まりますが、これを「不動の見得」と呼びます。
 
 

次に、山伏問答の後、左足を踏み出して、数珠を持つ左の肘を曲げ、巻物を持つ右手を水平にぐっと伸ばして武勇豪快を表現する「元禄見得」です。

さらに、富樫の疑いが晴れた後、主従で無事を喜びあい過ぎ去りし昔物語りをしている時、左膝を床につき右足を踏み出して、右手で石つぶてを投げた形に決まる「石投げの見得」など様々な「見得」の型が工夫考案され、今日に伝わっているのです。
見得
 
  2000年正月の国立劇場で歌舞伎十八番「鳴神(なるかみ)」が上演されましたが、この「鳴神」では、鳴神上人による「柱巻(はしらまき)の見得」というのが有名です。あずまやの柱に手と足を掛けて決まる見得です。鳴神上人を演じたのは若手のホープ中村橋之助(なかむらはしのすけ)(成駒屋)です。また鳴神上人は弁慶と同じく「不動の見得」も切ります。

そしてもう一つ、この「見得」というのは一人の役者が単独で切ることが多いのですが、2名以上の役者がいわば集団で切る「見得」というのもあります。 時代物の幕切れ(終演)のときなどに、大勢の役者が舞台全体を一幅の歌舞伎絵のように形を決めて全員でキマル「絵面(えめん)の見得」などは、その代表例です。

また、やはり時代物の幕切れなどで、長い白旗などを登場している役者全員がそれぞれ引っ張って持ち、絵面に決まる「引っ張りの見得」(絵面の見得の一種です)などもあります。こうした2人以上の役者で決まる「見得」というのは、ストップモーションでその場面を強調するというより寧ろ、歌舞伎の舞台全体の様式美を観客の網膜に植え付けるものなのでしょう。

 
   
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