かぶきのおはなし  
  65.病鉢巻  
 
歌舞伎で病気の役をするとき、鬘(かつら)の上からひたいの位置に鉢巻きをつけるのが、決まりになっていますが、これを「病鉢巻(やまいはちまき)」と言います。

 
 
この病鉢巻ですが、紫縮緬(むらさきちりめん)で出来ていて、結び目は必ず役者の顔の左に作って、下に垂らします。(観客から見ると役者の顔の右側です。)
病鉢巻
 
  この結びの位置は絶対に顔の左側でなくてはいけません。決まりといってしまえばそれまでですが、不思議なことに左側だと本当の病気に見えるのですが、間違って右側にすると病気には見えませんから不思議です。あの"助六"の鉢巻の結びは右ですが、江戸っ子の粋な雰囲気を出しています。

病気にも色々あるようです。舞踊劇「保名(やすな)」の"保名"は恋人を失ったことから発狂するし、「廓文章(くるわぶんしょう)」の遊女"夕霧"はやはり恋の悩みです。一方、「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」の"俊徳丸(しゅんとくまる)"は継母に飲まされた毒がもとで罹った癩病(らいびょう)ですし、「寺子屋」の"松王丸(まつおうまる)"は、主従の縁と親子の縁の狭間で悩んでいる。いずれも紫の「病鉢巻」を付けて登場するのです。

病鉢巻を付けた役者が、目線を下にうつむき加減の姿勢で、右手をそっと自分の胸に当てるとき、本当の病人になってしまう(ように見える)のです。歌舞伎の演出の優れたところだと思います。


 
   
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