かぶきのおはなし  
  64.うそ発見器  
  歌舞伎の世界に登場する、世にも優雅な「うそ発見器」をご紹介します。

景清物の狂言で「壇浦兜軍記」の3段目、通称「阿古屋(あこや)」とも「阿古屋の琴責め(ことぜめ)」とも呼ばれている狂言です。

"阿古屋"というのは、京都五条坂の遊女で"景清"の恋人です。この芝居では、このとき既に景清の子供を身ごもっている、という設定になっています。 登場人物は、この阿古屋の他に2人います。一人は、鎌倉幕府の役人で"畠山重忠(はたけやましげただ)"。理非曲直(りひきょくちょく)を良く弁(わきま)えた、優しい心根の坂東武士。歌舞伎の役どころでいえば典型的な「捌(さば)き役」。正義の人ですから顔は白塗りです。

もう一人も幕府の役人で"岩永左衛門(いわながざえもん)"という、こちらは畠山重忠と違って、権力を傘に威張り散らすという、役人根性丸出しの意地悪武士。歌舞伎の役どころでいえば、悪玉ながら少しとろくて道化たところのある「半道敵(はんどうがたき)」。悪玉ですから顔は赤塗り(赤っつら)です。

さて筋書きですが、この両役人は頼朝の命を受けて、景清の行方を追っているが、なかなか捕らえることが出来ない。そこで恋人である京都五条坂の遊女阿古屋を捕らえ、景清の行方を白状させようとする。ところが、阿古屋は、景清の行方は知らないと言って埒(らち)があかない。痺(しび)れをきらした岩永が、それならばと阿古屋を拷問に掛けようとすると、物事の情理を弁えた重忠が、岩永を待てと押し止め、持ち出したのがこの「うそ発見器」なのです。

「うそ発見器」といっても実際に器械がある訳ではありません。重忠の「うそ発見器」というのは、阿古屋が遊女であることに着目し、阿古屋に琴と三味線と胡弓の3つの楽器を演奏させることだったのです。もし阿古屋が嘘をついているならば、その音色には乱れが顕れるだろうし、嘘をついていなければ、その音色は清く澄んだものに聞こえるだろうという、何とも優雅な「うそ発見器」だったのです。

 
 
うそ発見器
言われるままに阿古屋は、3種の楽器を奏でるのですが、もとより景清の行方を知らないというのは本当のことです。音色に一点の曇りがないのみか、愛する景清への切々たる想いが演奏を通じて伝わってくるのです。恋人の安否を気遣う気持ちが哀切な響きになって聞く者に感動を与えるのです。

この演奏を聞いた重忠は、即座に阿古屋の発言に嘘はないことを認め、無罪放免にするのです。大岡越前や遠山の金さんも顔負けの素晴らしいお裁きでした。
 
 
阿古屋の役は、女形の役のうちでも最も難しい役の一つだと言われ、かっては6世中村歌右衛門の専売特許の観があったのですが、最近では現坂東玉三郎がこの難役に挑戦し、まずまずの阿古屋に仕上がっているとの評を得ているようです。3種の楽器をただ演奏するだけでは駄目で、心に景清の安否を気遣い、愛する景清への想いを込めつつ演奏しなくては、客席にその感動が伝わらないのだそうです。



 
   
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