かぶきのおはなし  
  62.かぶりつき  
 
劇場用語に「かぶりつき」という言葉があります。広辞苑によれば、「劇場で舞台ぎわの観客席。舞台にかぶりつくようにして見る場所の意。」とあります。

「かぶりつき」の意味については、誰しもがご存知で異論の差し挟む余地はないのですが、「舞台にかぶりつくようにして見るから、かぶりつき」だ、という説には、異論があります。別に、天下の広辞苑にケチを付ける気はないのですが、あくまで異説があるということです。

 
 
かぶりつき
江戸時代のことですが、狂言のなかには演出上の理由から舞台の上で本物の「水」を使う芝居が沢山ありました。井戸水だけならまだしも、本物の「泥」や「砂」、「雨水」などを使用する芝居もあったのです。

 
  今日では流石に「泥」や「砂」、「雨水」を使用することはないのですが、「本水(ほんみず)」を使用することは間々あります。歌舞伎十八番「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」でも、助六が天水桶(てんすいおけ、防火用に雨水を溜めてある桶)の中に、ざぶんと入って、舞台一面に水が流れ出すシーンがあります。(助六役者が風邪を引くといけないので、実際はぬるま湯にしてあるそうです。)

さて、異説ですが、こうして本物の「水」や「泥」、「砂」などを使って芝居をすれば、江戸時代の稚拙な舞台機構・大道具であることを考えれば当然に最前列の客には被害が及ぶことは避けられません。そこでお客様が神様であることは、今も昔も変わりありませんので、劇場側は最前列の客に対しては、「水」や「泥」などを避ける為、桐油(とうゆ)の「被り(かぶり)もの」を用意したのです。

「かぶりつき」というのは、この「被りもの」が「付いた」客席のことを指して、そう呼ぶようになったということです。


 
   
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