かぶきのおはなし  
  59.びびびびび  
 
「びびびびび」。「びぃびぃびぃびぃびぃ」。

突然気が狂った訳では、ありません。これは、歌舞伎狂言のなかの立派な(?)せりふなのです。

以前に「やっとことっちゃうんとこな」という、「荒事」に出てくるせりふ(かけ声といったほうが、当たっているかも知れません)をご紹介しましたが、あとで「大辞泉」という日本語大辞典で調べると、この「やっとことっちゃうんとこな」という言葉、ちゃぁんと出ているのです。これには私もびっくりしました。

大辞泉に曰く。「やっとこさ、どっこいしょ、うんとこさ、の3つのかけ声を重ねたもの----」とあります。

そこで、私もこれはいけないと思い、思い切って「広辞苑」を買い求めました。ところが、広辞苑には「やっとことっちゃうんとこな」が出ていません。勿論、「びびびびび」も出ていません。折角大枚のお金をはたいて買い求めたのにがっかりです。でもまあ、これも必要な設備投資と思うしかありません。そして、今度は大辞泉で「びびびびび」を調べてみましたが、流石にこの言葉は、出ていませんでした。

歌舞伎十八番「毛抜」の面白さについては、前項で述べましたが、この「びびびびび」という言葉?は、実は「毛抜」のなかで出てくるせりふなのです。

主人公"粂寺弾正"が、別室で休憩をとっていると、"巻絹(まきぎぬ)"という名前の腰元が茶を運んできます。若衆に衆道(ホモです)をしかけようとして拒絶された弾正は、今度は「そこもとのお茶一服食べたい」といって、この腰元に迫るのです。現代風にいえばセクハラを仕掛けている訳です。

 
 
びびびびび ところが、この巻絹という腰元、流石にしっかりしていて、ぴしっと弾正を撥ね付けるのです。そこでこの言葉「びびびびび」となるのです。
「まあ、嫌らしい」、「冗談じゃあない」、「ふざけるんじゃあないよ、あんたなんか」という意味に取れます。それとも「あかんべぇ」とでも訳すのでしょうか。要するに、愛想づかし、断固拒絶の表現のようです。

 
  そういえば、「義経千本桜−鮨屋」でも、"お里"という娘が恋人(片思いだが)"弥助"と話をしているときに、話の邪魔をしに入ってきた実兄の"いがみの権太"に向かって「びびびびび」と言います。「ちょっと兄さん邪魔をしないでよ、ほっといて、超やだぁ、べぇ」というように聞こえます。

それにしても歌舞伎には変てこな言葉があるものです。
 
   
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