かぶきのおはなし  
  41.演劇改良運動  
 

明治維新によって、260年以上の長きにわたって続いた徳川政権も、天皇を中心とした新しい中央集権体制へと変革を遂げました。新時代の到来です。

世はおしなべて文明開化を賞賛し、鹿鳴館(ろくめいかん)に象徴されるように西洋崇拝というのか、極端な欧化主義が歌舞伎界にも大きな影響を与えました。

演劇改良運動
 
  とにかく、古いものはよろしくない。西洋のモノは何でも良い。ちょん髷を切り落とし、洋服に身を包むというのが流行です。新時代の到来にあたって、とかく過去の権威を否定したがるのが人間心理です。宗教界でも、あの廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動の嵐が起きました。

こうした時代の風潮を背景に、明治初年から20年頃にかけて起きた歌舞伎界の様々な改良運動を「演劇改良運動」と言っています。

正確な時代考証を重視し、内容的にも道徳的規範に則った、高尚な趣味の演劇 への革新を目指した9世市川団十郎(1838−1903)による「活歴物(かつれきもの)」や、ちょん髷を切り落とした開化風俗や、新時代の秩序・道徳のなかで生きる人間を描いた5世尾上菊五郎(1844−1903)による「散切物(ざんぎりもの)」などの試みがなされました。そこには、新時代の国家にとって有益なものたらんとした、9世市川団十郎らの熱意が込められていたと、こんにちの専門家から評価を受けているようです。

しかし、この「演劇改良運動」は、少なくとも私には失敗に終わったものと思えてなりません。それは、こんにち、この「活歴物」や「散切物」の流れを汲む作品が、ほとんど上演されないという事実が証明しているように、大衆の支持が得られなかったからです。高尚な芝居など退屈で面白くないのです。あの中国の文化大革命が、失敗に終わったように、過度なまでに過去の伝統を切り捨てようとしたところに無理があったと、私はそう思っています。

爾来、歌舞伎というものは、荒唐無稽(こうとうむけい)な作り話です。筋書きに理不尽なところがあっても一向気にしないし、低俗卑猥な表現も多く、時代考証に照らし合わせていい加減なものが多いのが歌舞伎なのです。

それでも歌舞伎は、美しければ良いのです。理屈抜きに面白ければ、出てくる役者がカッコ良ければ、もうそれで十分なのです。

 
   
back おはなしメニュー next