かぶきのおはなし  
  29.後見(こうけん)  
 
法律用語で、禁治産者(きんちさんしゃ)にたいする「後見人」という言葉をよく耳にします。また、最近の痴呆老人の急増傾向に対処する為、「成年後見制度」という民法の一部を改正する法律が、2000年4月1日より施行されましたが、ここでも「後見人」という言葉が出てきます。

「後見」というのは、平たく言えば、「面倒をみる」、とか「お手伝いをする」という意味です。

歌舞伎の世界で、「後見」というのは、法律用語の「後見人」と同義で、「人」がつかないけれど、役者の陰にいて演技の補助をする「人」のことです。

では、どういったことをお手伝いするのかというと、舞台上での衣装の着替え、化粧直し、道具類や小物の受け渡し、差金(さしがね)の操作、劇の進行上不要になった物・人間(死体など)を片づけること----等々、色々なことをします。

 
 
黒衣 この「後見」、一般的には、黒い着物を着て、黒頭巾で顔を隠していますので、「黒衣(くろご)」とも呼びますが、「後見」のすべてが黒衣ではありません。

舞踊劇では、素顔のまま紋付き・袴を着て出ることが多いですし、「勧進帳」などの「松羽目物(まつばめもの)」や、様式性の高い舞台では、鬘(かつら)をつけて更に裃(かみしも)をつけた扮装で出る方が普通です。
これを、特に「裃後見(かみしもこうけん)」と呼んだりします。ですから、「黒衣」というのは「後見」の一形態をさして言う言葉で、「後見」の方が広い概念です。
 
 
さて、この「後見」なり「黒衣」のことですが、客席からは見えないもの、というのが約束事です。文楽(人形浄瑠璃)における人形使いと同じように、目に見えないものと言われても、歌舞伎見物に慣れないうちは、気になって仕様がないものですが、そのうち本当に気にならなくなるから不思議です。

なお、念の為申し上げますが、いくら見えない物という約束事でも、例えば、あたり一面雪ばかりの銀世界に「黒衣」ではあまりに芸がありません。海だとか水だとか、グランブルーの世界にもやはり「黒衣」では、美的センスが疑われます。それで「黒衣」に代わって、「雪衣(ゆきご)」(白装束)や「水衣」など、周りの景色の保護色となる色の衣装で、「後見」を勤めることもあります。
 
   
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