かぶきのおはなし  
  12.板につく  
 
舞台の話がでたついでに、歌舞伎の舞台から出た言葉を少しご紹介しましょう。
まずは、「板につく」。
国語辞典によれば「(1)俳優の芸が、出演に慣れて、ぎこちなさを感じない状態になる。(2)経験を積んだ結果 、職業・任務などがその人にぴったり合った感じになる。」とあります。もっとくだけて言えば「キマッテいる」ということでしょう。
この「板」というのは、歌舞伎舞台の床板のことです。歌舞伎では、幕明けや回り舞台で場面 が転換したときなどで、役者が最初から舞台上にいる(つまり舞台=板に付いている)ことを、「板付き」と呼びます。そして俳優が経験を重ねることによって、役や芸が舞台に馴染(なじ)むことを「板につく」というのです。
 
 


この歌舞伎舞台の床板(つまり「板」)は、江戸時代では一般的には、杉材の板を使っていたようです。
上流社会の演劇である能・狂言の舞台が、総檜(そうひのき)造りであるのに対して、やはり庶民の娯楽である歌舞伎には、有力なスポンサーも居ません。かといって、木戸銭(きどせん、入場料)もあまり高くには設定できません。要するに、金がないから高価な檜材は、もったいなくて使えないのです

板につく
 
 
しかし江戸時代も後期になると、町人文化が爛熟期(らんじゅくき)を迎え、有力な商人達は、武家をも凌(しの)ぐ財力を貯えました。そして、遂に第一流の劇場では、床板に檜が使われるようになったのです。
檜の板で張られた一流劇場に出演する。役者にとって、こんなに晴れがましいことはありません。「檜舞台を踏む」、あるいは、「檜舞台に立つ」。いまでもよく使う言葉です。
舞台機構に「セリ」というのがあることは、既に紹介しました。舞台下(奈落と呼びます)から、エレベーター式に舞台上へと上下できる仕掛けのことです。 この「セリ」に乗って、役者が舞台中央に徐々に現れる----。「せりあげる」の語源です。
 
   
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