かぶきのおはなし  
  5.大根  
 
よく芸が未熟な役者、下手糞(へたくそ)な役者のことを「大根」だとか「大根役者」だとか言いますが、この「大根役者」なる言葉も、歌舞伎から出た言葉です。

一般に、名優と呼ばれている役者には、それぞれ「当たり芸」というものがあります。 6世中村歌右衛門(なかむらうたえもん)であれば、「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのよいざめ)」の"傾城八ツ橋"とか「隅田川」の"狂女"などでしょうか。また、7世尾上菊五郎(おのえきくごろう)であれば、「青砥稿花紅彩 画(あおとぞうしはなのにしきえ)」における"弁天小僧"、3世中村鴈治郎(なかむらがんじろう)であれば、「曾根崎心中」の"お初(おはつ)"、3世市川猿之助(いちかわえんのすけ)であれば、「義経千本桜」における"狐忠信(きつねただのぶ)"や「黒塚」の"老女"といった具合に、必ず「当たり芸」あるいは、出世作というものを持っています。

が、芸の未熟な役者、下手糞(へたくそ)な役者には「当たり芸」というものがありません。

 
 
ところで大根はというと、消化酵素ジアスターゼを多く含む食品であることから、おなかに良い。いくら食べても、おなかをこわさない。つまり、いくら食べても当たらない----というところから、いくら演じても当たらない役者のことを「大根役者」と呼ぶようになったのです。 大根
 
  この「大根役者」という言葉、今、劇場で舞台に向かって発したら、大いに顰蹙(ひんしゅく)を買うことは間違いのないところで、現代人の常識?から云えば、まず失礼に当たるとして使わないというのが、大多数の観客の考え方だと思います。
だが江戸時代では、役者が芸を磨く励ましの意味もあるということで、観衆は、遠慮なく「大根!」などとやったそうです。愛のムチというところでしょうか。
現代人は妙にオトナ、常識人になりすぎているのかも知れません。
 
   
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